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【人生食あり 守られる味】豆腐よう 芳醇さ引き出す紅麹
発行日:2007/07/17 Sankei web 7月15日
【人生食あり 守られる味】豆腐よう 芳醇さ引き出す紅麹
沖縄の伝統食に「東洋のチーズ」と呼ばれる食べ物があると聞いた。「豆腐よう」というそうだ。さっそく東京・西池袋にある沖縄料理の老舗「おもろ」を訪ねた。
シソの大葉にのった豆腐ようは、約3センチ角の灰白色のサイコロ形で、少しとろみのある赤いソースのようなものがかかっていた。近年の沖縄ブームで、食べたことのある人は多いかもしれない。しかし初めて見たそれは、「へえ」と思わせるのに十分だった。
「赤いのはソースじゃなくて、豆腐ようを発酵させる紅麹(べにこうじ)が出す天然色素だよ」と主人の南風原(はえばる)英樹さん(64)。箸でサイコロの角をつまんで口に運ぶ。ねっとりとやわらかく、泡盛の香りの中に、確かにチーズのような芳醇(ほうじゅん)な味わいがある。
「おもろ」は戦後間もない昭和23年に、石垣島から東京にやってきた南風原さんの父が始めた店で、29年に建て直して以来の小さな店舗だが、それでも豆腐ようは毎日10食以上は売れるという。「酒の肴(さかな)として、ちびちび食べるものだよ。いわゆる珍味だね。泡盛に漬け込んだものだから、酒に弱い人は豆腐ようで酔っぱらったりするんだ」。南風原さんはそう言って笑った。
沖縄県浦添市にある豆腐よう製造大手「紅濱」販売部長、下地雅人さん(53)によると、豆腐ようは、島豆腐(沖縄独特のかための木綿豆腐)の水分を抜いて、泡盛、紅麹、黄麹でつくった漬け汁に3~4カ月漬け込んで作られる。麹の作用で豆腐の大豆タンパクが分解され、グルタミン酸やアスパラギン酸などのアミノ酸が生成し、うまみが出てくるのだという。
「紅麹は温度管理が難しくて、沖縄の気温では菌が出す熱で死んでしまうんです。子供を育てるのと同じように、大事に大事に扱っています」
豆腐ようは一体どうやって生まれたのだろう。琉球大名誉教授、尚弘子さんが監修した『沖縄ぬちぐすい事典』(プロジェクトシュリ)には、その起源は「中国にも腐乳(ふにゅう)という似た食べ物があることから、豆腐の保存食として一八~一九世紀の初めごろ、中国から琉球に伝わったとされる」とある。
確かに豆腐は腐りやすい。腐乳は豆腐を塩漬けにして発酵させた保存食で、そのままでは塩辛すぎるため、おかゆなどと一緒に食べられている。塩の代わりに泡盛を使うことを思いついたのが、沖縄の人々の大発見だった。
下地さんは「豆腐ようが一般に食べられるようになったのは、沖縄でもこの10年あまりのこと」だという。
腐乳から豆腐ようが誕生した時代、酒自体が貴重品で庶民の手には入らなかった。つまり豆腐ようも貴族階級の食べ物だったのだ。琉球王朝がついえた後も、首里の城下町の家々で秘伝として作り方が守り伝えられた。
今から約20年前、琉球大が中心となって、沖縄の伝統食を特産品として産業化すべく研究が行われた。豆腐ようも研究対象のひとつで、世界中から約100種の紅麹を集め、さまざまな史料をもとに、豆腐ようを作り出すことに成功した。
「紅濱」では、赤い色素を出さない紅麹の変異株を使った「白い豆腐よう」や、黄麹の配合を増やしてマイルドにした「ピンクの豆腐よう」も生産している。
また動物実験では、豆腐ようには血圧やコレステロール値を下げる効果があることも分かってきているという。守られてきた味は、新たな時代を迎えつつある。(深堀明彦)
赤い漬け汁がかかった豆腐よう
=東京・西池袋「おもろ」
2007年
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